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ROUND2 屋上から教室へ帰って来た花道は窓際の自分の席に座り、はあっとため息をついている。 洋平はやれやれ、というようにそんな花道を見つめた。 こんな時の花道は要注意なので、洋平は花道から離れた自分の席に座り、そっと花道の様子を伺った。 (なあに、やってんだか) 「…洋平。おい!洋平!」 教室の前を通りかかった大楠が洋平を手招きして呼んだ。 「よう、どうしたんだ?花道のヤツ。ぼーっと窓の外なんか眺めちゃってよ」 大楠は小声でひそひそと聞いた。 「さてはとうとう晴子ちゃんに告白して振られたか?」 「さあね。そんな話は聞いてねーけど。まあ、色々あんだろ」 「どーもあいつは性格が内向的なんだよな〜。よっしゃ、ここは一つオレが 励ましてやるか」 「あ、おい…」 「よー!花道!!ボケっとしちゃってどうしたよ?悩みなら「親友」のオレ達が 聞いてやるぜ!」 ぴくっと花道が反応した。ゆらりと立ち上がる。 次の瞬間、大楠に花道渾身の頭突きが炸裂した。 「ぐあっ」 額からシュウウウッと煙を出し、大楠は床に倒れこんだ。 「あーあ。言わんこっちゃない。今の花道に「親友」は禁句らしいぜ」 「…うう。なんで「親友」が?」 「しらねーけど。その言葉を口にしたやつが次々と被害にあってな」 「なんなんだよ、お前聞けよ。親友だろ?」 洋平は苦笑した。 「さあねえ。ま、ほっといてやれよ」 洋平はそう言うと、またぼーっと外を眺めている花道の方を見た。 あんなでかい図体をしているくせに、赤い伸び掛けの頭が物憂げに窓の外を眺めているのは なんとなく可愛らしい感じがして洋平はふっと微笑んだ。 流川と所謂「おつきあい」が始まったことだけは聞いている。 聞いたときはさすがに驚いたが、妙に納得してしまったのも事実だ。 花道はともかく、流川が自分を見る時の刺すような視線には気が付いていた洋平だった。 (あのキツネやろーが告ってきやがって) そう言った花道の頬は髪の色と同じくらい赤く染まっていた。 (おお、可愛いねえ。果報者だな、流川は) なんだかんだ言いながらも幸せそうな花道の顔を見ながら、しかし、一抹の不安がよぎったことはいなめない。 ―普通の恋じゃない。 (可愛い女の子と登下校なんてわけには行かないぜ、花道) 洋平は懸念していた。 なんせ相手はあの流川なのだ。 あのバスケに対する執着心。あれがそのまま花道に 向けられたら。 …考えただけでも恐ろしい。 (まあ、負けるような花道じゃねえだろうけどな) そう考えて、洋平はまた苦笑した。 恋愛は勝ち負けなんかじゃないのに、あの二人はどうしてもどこかで勝負している 感じがする。 バスケも、恋愛も。 あの流川を選んだ以上、その恋には必ず火花がつきまとうだろう。 負けず嫌いな二人。だけど、流川は告白してきた分だけ、花道よりも先を行っているような気がする。自分で 自分の気持ちに整理をつけているはずだ。 だけど、花道はどうなのだろう? (勝てよ、花道) 洋平は相変わらず外を眺めている花道に心の中だけでそっとつぶやいた。 流川と顔を合わせるのが気が重い。あんなことを言ってしまった後というのはもちろん だが、それ以前に最近の自分はずっとこうなのだ。 ドキドキする。なんなんだこれはいったい。 だが、流川と二人きりになることはそうそうない。部室には他にも人が来ているだろうし、 最近では居残りでさえも二人きりになることはない。 誰もが張り切って次の選抜へ向けての練習に打ち込んでいる。救われる思いだった。 今流川と二人きりになるのは心臓に悪すぎる。 いつからこんな風になってしまったんだろう…と考える。 あいつが悪い。あんな目でオレを見るから。 怖いような流川の目を思い出すと、また細かい震えがやってくる。 こんな自分が嫌だった。 バスケのことだけ考えていた頃はよかった、と思う。 バスケをして、アイツといつも目があって。 かすかな、胸が締め付けられる ような予感めいた想いを自分の心の中だけで抱えて、それはとても幸せな想いで、 予感がただそれだけのものであったならと考えたりする。 想いが通じる。それはとても幸せなことなのだけど。 自分の中だけでその気持ちはしまっておけず、 絶えず量られる。覗き込むように自分の心の中に相手が入り込んできてそれを提示させようとするのだ。 まるで土足で踏み込んでこられたような気持ちさえしてしまう。 いったい、どうしろというんだ? 素直に好きと言えばいいのか?あの流川相手にこのオレが? 「……………」 なんとなく想像して、花道は赤くった。 想ってるだけじゃ、ダメ?…なんてな。 自分でその考えにぷっと吹き出し、ばかばかしさに はあ、とため息をつきながらドアを開けると、目の前に流川がいた。 「な、なんだよ、てめえ」 「部活だろ。何言ってんだ、てめー」 それはそうだ。だが部室に流川しかいなかったのでうろたえてしまった。 ちい、と舌打ちして、ロッカーを乱暴に開ける。二人は並んでもくもくと着替えを始めた。 …気まずい。 昼休みについあんな約束をしてしまったが、まさか本気にはしていないだろう。 親友だなんて。そんなもの一朝一夕に出来るものではない。 ましてこの流川が。 「ルカワ、あのよ…」 花道は着替えをしながら流川に声をかけた。 「さっきのことなんだけどよ」 あれは冗談だ、と言おうとして、言いかけてふと流川の気配を間近に感じた。 はっとする間もなく肩をつかまれて、流川の顔が目の前に近づいてくる。 「…………!」 思わず目を閉じると、唇に暖かな感触が降りてくる。 そうして触れ合っているのは決して嫌ではなく、むしろ心地よく、自分が流川を好きなのだと 実感できたりもする。 だけど唇がこじあけられ、流川の舌が進入してこようとすると、花道は流川を突き飛ばした。 「やめろ!!てめえ、ここどこだと思ってんだ!」 「部室」 「それは分かってんだよ!誰か来たらどうするっつってんだ!」 「…仕方ねーだろ。あとどこですりゃいいんだ」 「ぬ…。そ、それは…」 花道は口ごもった。 「おお。そうだ、てめー、さっきの約束忘れたんじゃねーだろーな」 あれは冗談だ、とついさっき言おうとしたのだ。にも関わらずまたこうして水戸黄門の印籠のように ふりかざしてしまった。 そんなに自分は流川が怖いのか。 な、情けねえと花道は心中自分に毒づいた。 流川は、ふうっとため息をついた。 「キスくれーさせろ」 その言い方があまりにも哀愁を帯びていて、花道は何も言えなくなってしまった。 「覚えてるぜ」 「は?」 「親友だろ」 「お、おお」 また流川の背後からゆらっと闘志が燃え上がったような気がして、花道は なにやら寒気を感じた。 その時、どやどや、と賑やかな声と足音がして、部室のドアが開いた。 三井とリョータが部室に入ってきた。その後からも何人かが続いて入ってくる。 花道は流川と二人きりの状態から開放されてホッとしたが、何故か胸がざわざわした。 (変なこと言い出すんじゃねえだろうな、こいつ) そっと流川を伺う。流川はしれっとして着替えを続行していた。 「よお、花道、流川。お前ら、今回のテストどうだよ」 開口一番、三井が言った。 「オレやべーんだよなあ、今回」 「今回じゃなくて、いつもでしょうが」 リョータが言うと、三井はてめーはどうなんだよっと怒鳴った。 はいはい、とリョータがおざなりに答える。 「ったく、いつもいつもうざってーぜ」 三井はテストのことがどうにも気になるらしく、ぶつぶつ言いながら着替えを始めた。 流川がちらっとその三井に視線をそそぐのに花道は気付いた。 「見てろよ…」 小声でつぶやくのを聞いた。 「おいっ!」 花道は思わず大声を出す。 部室にいた部員達が全員花道の方へ視線を向けた。 「なんだ?何大声出してんだよ、花道」 「い、いや。何でもねえ」 うろたえている花道の横から、流川はすっと離れ、三井の前に立った。 花道は青くなった。 「先輩…」 「おう?」 三井は怪訝そうな顔をして流川を見る。流川が話し掛けることなんてめったにないからだ。 「なんだ、流川。また1on1か?とりあえず練習終わってからだろう」 しょうがねえなあ、と三井は言った。 「…違うっす」 「ん?じゃあ、なんだよ。言っとくがオレは勉強なんか教えられねーからな」 そして。 何事だ?と様子を見守る部員達の目の前で、とうとうその言葉は発せられたのだった。 「親友になってほしいんすけど」 |